【リオパラリンピック】戦う日本人アスリートを支える「日の丸」技術!
こんばんは~ 篠原です。
競泳の一ノ瀬メイ選手は、生まれつき
右腕肘下のない「先天性右前腕欠損症」
という障害を抱えています。
その一ノ瀬選手の練習を支えたのが、
筋力トレーニング用の義手の依頼を
受けて、技術のすべてを注いで作り
あげた義手があります。
もともとは、事故で手や指を欠損した
人たちのために、シリコーンゴムで
精巧に模した製品を作るのが本来の業務
で、アスリート用は初めてでした。
欠損した手足や指、乳房などを本物
そっくりに製作する高い技術をもっていて、
一ノ瀬選手の義手も、皮膚を傷つけない
ような繊細さで、硬さの違う素材を重ねて
ズレを防いで、ベトつきが残らないように
工夫して作り上げたそうです。
レースでは、義手や義足をつけて泳ぐことは
できませんが、義手でロープを引っ張ったり
おもりを持ち上げたりして筋力トレーニング
をします。
一ノ瀬メイ
1997年生まれ・19歳
父親がイギリス人のハーフです。
2014年・韓国仁川アジアパラリンピック
銀メダル、銅メダル獲得
2015年・世界パラリンピックで200m
個人で決勝進出。
このレース後にリオパラリンピックを目標に
選考大会では、自身の持つ日本記録を更新して
日本代表に選出されました。
リオで3連覇のかかる車いすテニスの
国枝慎吾選手は9歳の時、脊髄腫瘍のため
下半身まひになり車いす生活になりました。
国枝選手の車いすを製作しているメーカーは
車輪の素材を見直して、前作よりも700g
の軽量化に成功しました。
座面も5ミリ高くして、ハンドリングの直径
を太くして、操作性を向上させたそうです。
開発者とは10年来の付き合いがあります。
競技用車いすは数ミリ単位が勝負といわれて
います。
車いすマラソン代表の土田和歌子選手は、
高校2年生の時、友人とドライブ中に
交通事故にあい、車いす生活になりました。
土田選手の車いすを手掛けているのは、
ホンダ系自動車部品メーカーで、
燃料タンクやサンルーフの生産で得た、
カーボンや樹脂などの技術を生かして
軽くて丈夫な競技用車いす「極」を完成
させました。
車いすバスケットボール代表の
藤本怜央選手は、小学3年生の時、自転車で
砂利道を走っているとき、タイヤを取られ
正面から来たダンプカーの下に足が入って
踏まれてしまいました。完璧に潰れてしまった
足は病院で即切断されたそうです。
そのため右足の膝から下がありません。
当たり負けしない車いすをという要望を受け
て老舗の車いすメーカーが、開発したのは、
しなりがあり重心が低い車いすでした。
車いすバスケは選手同士が激しくぶつかり合い
転倒もザラです。
軽さより安定性を重視して、後輪を1つ増やし
た上、フレームも断面を円形から楕円形に替え
下方に配置するなどして、しなりがあり、重心
の低い車いすを作り上げました。
義足に関しては、現在は主流は海外メーカー
です。
2020年の東京パラリンピックに向けて、
日本の匠のわざで、体格の小さい日本人にも
合う義足の開発に期待したいと思います。
読んで頂きありがとうございます。
失礼いたします。 篠原香代